高校生ロボットSIリーグでのリスクアセスメントを担当し、実感した機械安全教育の現状とその課題。高校生に対する安全意識の浸透を目指した取り組みと、今後の教育現場への提案を紹介します。
高校生ロボットSIリーグとは
高校生ロボットSIリーグは高校生ロボットシステムインテグレーション競技会の略称で、高校生がロボットシステムインテグレータ(ロボットSIer)企業のサポートを受けながら、約8か月かけてロボットシステムの構築に取り組む競技会です。
ものづくり現場では慢性的な少子高齢化やさらなる生産性向上のため、自動化や省人化への対応が急務となっています。その一方で、自動化を担うロボットシステムインテグレータは慢性的な人材不足という矛盾を抱えています。
ロボット製造業やロボットSIer企業の国内有数の集積地である愛知県はこの問題解決のために、ロボットシステムインテグレーション技術の習得による新たな人材育成が必要との観点から高校生ロボットSIリーグを立ち上げ、2022年に第1回が開催されました。以降2024年12月には第3回が開催されています。
リスクアセスメント課題担当として関わるようになった経緯と試行錯誤のスタート
主催側の愛知県から連絡を頂き、「高校生ロボットSIリーグを立ち上げることになりリスクアセスメントを課題にしたい、ひいてはその監修をお願いしたい」と正式な依頼がありました。もともとSIer協会からお話を伺っていたこともあり、お受けすることになったというのが、SIリーグ立ち上げ時の経緯です。
しかしながら、依頼を受諾したものの全く機械安全の知識がない高校生にどのようにして理解させるか、その点についてはまったくの白紙状態でした。課題内容の選定も含め、すべてが0スタート。頭を悩ませた結果、まずはわかりやすさを最優先した研修用のビデオを地道に作ることから始めたのです。
参加校の高校生に機械安全の知識がないのは、工学系の大学も含め機械の安全設計を教えるカリキュラムが無いことが一番の理由です。前述の通り、高校生ロボットSIリーグの目的は、ロボット業界の未来を担う次世代の人材育成です。その観点で言うと、少し言い方は悪いかもしれませんが、多くの企業がそうであるように、設備の安全は、機能実現をゴールとして安全面は全く意識されていない、もしくは、気になるところに対処療法的に後付けするような状況でした。産業現場での安全対策の重要性とは裏腹に、先生方には全く機械安全に関する知識が無く、現実と大きなギャップがあることを、スタート時点であらためて実感しました。
そんな試行錯誤の第1回目スタートでしたが、そもそも参加校の多くは機械安全に触れたことがなかったということもあり、支援を進めていくうちに少しずつ意識の変化が生まれてきました。参加校を指導する先生方の中には、社会に出るとここまで必要になるのかと食いつかれる先生もいました。それをきっかけに、まだまだ先生方の中での温度差はあるものの、現実とのギャップが少しずつ埋められていくのを実感するようになりました。
回を重ねるごとに浸透の成果を実感
直近の第3回目となると、参加校の幅が広がり、また新たな参加校も増えたことにより、課題の作成に対しては、はじめから参加校のほとんどが一定のレベルに達していました。それも回を重ねてきて高校生ロボットSIリーグの意義が浸透してきた成果のひとつだと思います。
特に第3回目からはリスクアセスメントの課題について、スタート時点で先生方に直接説明したのが全体のレベルを上げた要因のひとつだったのかもしれません。また、それまで2回に分けて短期間で作成する必要があったリスクアセスメントシートの提出も、期日の最後に一括して提出する流れに変えました。
先生方へ最初に説明したことで、やるべきことが明確になり理解も進み、期日の最後に提出することで提出物の精度も上がったように思います。実際のところ、内容には差があるものの、ある程度のレベルのものが上がってきました。
ゆっくり時間を掛けられるようになったことで、安全面の意識づけが全然違います。それまではロボットをいかに使いこなすかに主眼を置いていましたので、ある意味、当然の結果なのかもしれませんが。
第3回目となる今回。新たな取り組みとして安全巡回を提案し、実行に。
主催者側の皆様も積極的に今回はどうしましょうかと相談に来られるようになりました。そこで、3回目の今回、新たに提案したのが立ち上げ時の安全巡回です。
安全管理者を置いて作業の安全を確保する安全管理は、実務で設備を作る際には絶対に必要となる考え方ですので、採用されたことで、高校生たちや先生方の意識が大きく変わったように思います。
一例ですが、設備を作ることに集中すると、どうしても作業の安全確保の意識が薄くなることは否めません。「社会に出ると、ヘルメットなしで作業すると現場に出入り禁止になるんです」「先生がやらないと子供はやらないですよ」「設備を作る時は作業者を想像しながら、作業者に怪我がないように作ってあげてね」立ち上げ時の作業現場でそう言ったお話をすると、そこは「あーそうですよね!」となりました。現場にいた皆様に大切な気づきを与えることができたと思います。
ただその一方で、大学へ行っても、機械安全のカリキュラムがないため、社会へ出るまでの間が空いてしまいます。そうであっても社会へ出たら絶対必要になる考え方だから継続的に勉強していこうと、手間を厭わずお話をしています。
ドイツを代表に、ヨーロッパ全体では機械安全のカリキュラムは当たり前ですが、なぜか日本では機械安全という学術分野がありません。これは私の考えですが、工科高校における安全教育は絶対に必要です。しかしながら現状は設備の体系的な安全教育には関心が示されていません。機械をつくることにおける危機管理的な要素が中心で、そこが教育現場での安全教育となってしまっています。その点は、今後は改善すべきポイントと考えますので、教育現場でのご検討をお願いしたいところです。
リスクアセスメントの重要性を社会に浸透させる難しさ
ロボットは使いようによっては危険を伴います。ですので、使い方を誤らないこと、人に怪我をさせないことが安全の視点として最も重要になってきます。問題は、その認識を植え付ける難しさです。それは高校生ロボットSIリーグに限ったことではなく企業全般にも通ずるところがあります。
機械システム構築において、たいていの場合、仕様を詰めていくことでこれができますとなります。ですので、使う人のことを考えてくださいと言っても後回しになることは否めません。普段リスクアセスメントのコンサルティングを担当する企業の現場でも、本当に試行錯誤です。
そもそも企業でも難しいことが、社会経験のない高校生にそこまでの理解を求めること自体が難しいわけで、いかに指導する側が体系的に教えてあげられるか、設計する上で自然とそういう思考パターンになるように導くことができるかが重要だと考えています。若いうちから意識づけができることで、社会に出てからの現場で、実践的な人材として活躍できるようになるのではないでしょうか。
教育現場における安全教育への提言
SIリーグを支援する立場から申しますと、機械安全の教育をせめて工科高校をはじめとする機械を扱っている学科では体系的に取り組んでほしいと思っています。
その実施にあたっては、一般的にカリキュラムの中で時間配分がされているため、まずは機械安全の教育をカリキュラムの中に組み込まないと難しいのではないでしょうか。ぜひ教育の指針の中で、一つのカリキュラムとして取り入れて頂けるよう、教育現場の皆様にもお力添えをお願いします。高校生のうちから取り組めば、世の中に出た時に、より実践的に協働ロボットを扱える人材になれる、それは間違いありません。
まとめ
かつては機械安全の知識がない人たちでも、柵で囲ってしまうとか、止めてしまうとかで、目で見て感覚的に大丈夫ですという条件で運用としていたとしても、なんとかなりました。安全は後付けで。しかし、それはもう過去の話であって、協働ロボットや無人搬送車などを活用した、機械の危険源へのアクセスに制限のない「人と機械が共存する環境」では今のままでは通用しません。
人とロボットが共存する環境では、本質的に機械そのものを安全に作り込んでいく必要があるからです。機械自体を安全に作り込むという考え方を、機会を設計し始める工科高校とかの段階で教えてあげてほしいと思います。それが将来的に製造現場での事故を減らすことにつながるからです。
高校生のうちから機械安全の知識を植え付けておくことで、将来的に事故を減らす現場での考え方が身に付きます。仮に利用者側に回ったとしても、同じような視点で見ることができ、間違いなく現場のレベルが上がります。そこに高校生ロボットSIリーグの意義のひとつがあるのではないでしょうか。
執筆者:
IDECファクトリーソリューションズ株式会社 セーフティ推進室 室長 岡田 和也
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